ガラスの棺 第2話


会議室を後にし通路を進んでいると、突然耳慣れない音が聞こえてきた。
警報に近いその音に驚き、私は音源に駆け寄った。
そこにいたのはシュナイゼルを従えたゼロ。
その手には携帯電話が握られており、音源はそこのようだった。
周りにいた警備の者も慌てたように視線を向けていたが、私の姿を認識したことで安堵の息を吐き、それぞれの仕事に戻って行った。
黒の騎士団、ゼロの親衛隊である零番隊の隊長、紅月カレン。
ダモクレス戦において、悪逆皇帝の騎士を打ち倒したもう一人の英雄。
彼女が傍にいるならば、要請がない限り警備の者達が動くことはない。
シュナイゼルとゼロもこちらに気が付き、シュナイゼルはロイヤルスマイルを浮かべてカレンを迎えた。

「おや、慌てさせてしまったようだね」

落ち着いた声で言われ、私は急ぐ足を緩めて近づいた。

「いえ、それよりこの音は?」
「ああ、ゼロの携帯からのようだね」

何だろうね?
そう言いたげにシュナイゼルはゼロへと視線を向けた。
ゼロは鳴り響いていた音を止めた後、ただ黙ってその携帯を見つめていた。

「シュナイゼル、R-Cが発生した」

静かに紡がれたゼロの言葉に、それまで穏やかな笑みを浮かべていたシュナイゼルは表情を一変させた。

「想定の範囲内とはいえ、いい気分ではないね」

愚かな事を。と、シュナイゼルは吐き捨てた。
そして、携帯を取り出すと腹心の部下にその旨を連絡する。
僅かな怒りを滲ませる様子から、悪い事が起きたのだと容易に想像できた。

「あの、ゼロ。R-Cとは・・・」
「カレン、君に聞きたい事がある」
「はい、何でしょうか」

こちらをじっと見据えて尋ねてきたその声には、あの日以降感じられなくなった感情が宿っているように思え、ああ、こいつも生きていたんだと当たり前の事が頭に浮かび、知らず心が震えた。

「君は、今日の会議をどう見る?」
「今日の、ですか?」

予想外の質問に、思わず首を傾げた。
いまの警報音と何か関係があるのだろうか?
だが、今はゼロ・・・いや、スザクからの質問だと考え、自分の思いを正直に伝えることにした。

「既に話し合いの場は失われました。超合集国を抜け、各国で軍事力を持つのは時間の問題かと思われます」

あんなものは話し合いはなく、ただの喧嘩だ。
悪を断罪する英雄ゼロの前で、臆面もなく放たれる馬事雑言。
ルルーシュの死の意味を理解しているはずの三人もそこに混ざっている。
唯一天子だけは悲しそうにそれを見つめ席を立ったが、誰も気づきもしない。
超合集国の意味はもうないと彼女も悟っているはずだ。
ルルーシュが願ったのは優しい世界。
戦争のない、平和な世界。
強者が弱者を虐げるのではなく、強者は弱者に手を差し伸べる。
そんな世界。
そんな優しい世界は理想論だと解っている。
だが、それを実現するための場は用意されていた。
戦争がどれほど愚かな行為か。
支配される事がどれほどの苦しみか。
世界はそれを知ったはずなのに、もう忘れてしまったのだろうか。
悲しそうに語られたカレンの言葉に、ゼロは大きく頷いた。

「カレン、君は黒の騎士団をどう見る」
「黒の騎士団、ですか?」

また予想外の質問。
私は眉を寄せた後、正直に答えた。

「世界唯一の軍隊。どこかで争いが起きれば、各国から集められた兵が動き、制圧する。それが本来の役割だと認識していますが、今の黒の騎士団は・・・増長していると思います」

世界唯一の武力をもつ勢力。
確かに超合集国の許可が無ければその力は行使できない。
だが、黒の騎士団が持つ力はそれだけではない。
黒の騎士団に所属している事。
それだけで力を持つのだ。
唯一武力の行使を許された者たち。
団員全員が正義の味方でいられるわけもなく、その名前を使い、悪事を働く者も多い。黒の騎士団に逆らったらどうなるか。
警察組織より上位となった組織。
本来であれば別組織なのだから、警察は取り締まれるはずなのに、それが許されない状況となってしまった。
英雄ゼロ。
正義の象徴。
その部下だから、黒の騎士団は正義。
彼らに逆らう者は悪。
あり得ないとカレンは何度も抗議し、目したものに関しては処罰も与えていった。そして、警察関係者にも、黒の騎士団であれ取り締まるよう申請したが、警察より上の力を持つ黒の騎士団は超合集国の部下、つまり代表の部下という図式までいつの間にか完成し、問題が起きればこっそり自国の団員を動かす代表まで出始めた。
そんな状況だから余計に黒の騎士団の力は増長する。
だからいくら古参でもあるカレンたちが声を荒げ、これは間違っていると言っても、それを訂正することが出来なくなるのも時間に問題だった。
シュナイゼルも一度手をまわし鎮静化させたが、再び同じ状況になるまでにそう時間はかからず、手間の割に効果が薄かった。恐らくその後からはこうして崩壊するのを眺めていたのだと思う。
ここの代表たちはルルーシュの意思を継ぐに値しない。
そんなモノたちの相手をするだけ無駄だと、悟ったのだろう。
それと同じ頃から、ゼロも傍観するようになっていた。
ゼロの忠告や発言を蔑ろにし始めていたからだ。

(その頃から、私もカグヤ様やナナリー、扇さんと距離を取った)

見ているだけで辛い。
ルルーシュの死を無駄にしている姿が腹立たしい。
自分たちが犯した罪を忘れたように、ルルーシュを罵るその姿に苛立ちしか感じられない。僅かに嫌悪を滲ませたカレンをじっと見つめていたゼロはそうかと言った後、再び口を開いた。

「ではこれで最後だ」

ゼロはゆっくりとした口調で尋ねてきた。

「カレン、君は超合集国とゼロ、どちらを選ぶ?」

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